スピッツ / スピッツ

「ロビンソン」のちょっと前くらいからスピッツは変わってしまった、と言うと、殆どの人に「なーに通ぶってるんだか」というような反応をされる。確かに詞の曲の唄い方のどこが変わったのヨ!と詰め寄られたら私には返す言葉がない。(アレンジャーに笹路正徳氏を迎えたのはかなり大きいとは思うが)
でも、やっぱり私にとっては違うんだよーう、もうもうもう!(地団駄)メジャーデビュー盤であるこのアルバムを初めて聴いたとき、私はマサムネの生み出す青臭いメロディーと、日本のロック(或いはポップス)の歌詞とするにはあまりに無粋で違和感のある、でも誰にも作れないような歌詞と、耳ざわりは甘いけどその実とてもクールでリスナー(ファン)を突き放すような歌声にヨロヨロと溺れてしまった。何よりも魅力的だったのは、彼は人に聞かせるためではなく、自分のために勝手気侭に曲を作り唄っているということが感じられたこと。その詞も曲も声も彼の中の「必然」から出てきたんだと。
今のスピッツの音楽から感じられるのは、紛れもなく「ファンの求めるスピッツ像」。楽曲は皆適度に違和感があり、素晴らしいバランスで抑制がきいている。時折テレビやラジオから流れてくる新譜を聴く度に私の心に去来するのは、彼らがブレイクする直前、突然ライブハウスに増殖しだした、ベレー帽かぶった小太りの「不思議ちゃん」の残像。

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